ホワイトチャペルギャラリー出版のシリーズ。今回はジョークについて。
主に私が書いたアートに関する「批評」を掲載します。また、コンテンポラリーアートを理解する上で必要なアート理論(ART THEORY)や書籍の紹介をします。現代アートは難しいものではありません。今日から君もアーティスト
2010年9月6日月曜日
"The Everyday" edited by Stephen Johnstone
例のホワイトチャペルギャラリーから出版されているシリーズです。
今、欧米でアーティスト及びアート関係者が考えていることがよーくわかる
このシリーズ。今回は"Everyday Life"、つまり「日常」に関して考察してあります。
多数のアーティストや批評家の論文をピックアップして編集してあります。
90年代に、各地のビエンナーレなどで「日常」を取り上げた作品が増えました。
素人が撮ったようなスナップショット写真、
アマチュアな作品、DIY的工作スキル
「日常」を展示するということはなんなのでしょうか。
"WHAT HAPPENS WHEN NOTHING HAPPENS?" (Paul Virilio)
以下の文章は、ソフィー・カルがホテルでメイドをして他人のプライヴェート(日記)を盗み見た作品の一節です。
I clean the room and start to read his diary. His handwriting is poor, heavy, irregular. I re-read his remarks about Venice: 'Sunday 15 February 1981. We arrived in Venice this morning. We took the train. it is really spectacular. No cars, just pretty little streets and small bridges over the canals. We sat outside and had drinks of various strange things. We went back to the hotel. i am in a tiny room by myself. Ran out and bought a kilo of oranges and apples and put them on my windowsill. We went out and had very good walk. I ate a good soup, noodles with tomato sauce, and drank a lot of white wine. Went to piazza San Marco, had a grappa. made me feel not too good. Went back to hotel C. I slept a bit. Rob and I went to strolling. Strayed at a bar and had a beer. Came back. Rob went up. Got a postcard from the desk and went to hotel bar and had a beer + cig. I wrote a long postcard to OI. Up to my room, had a bath, ate some oranges and apples, and will crash. I have told the desk to wake me up at 8:30...' Sounds in the hallway. I close the diary. As I put it down it down, someone enters the room. i pick up my rags, my bucket (where my camera and tape recorder are hidden), lower my gaze and leave.
(Sophie Calle, The Hotel. 1981 )
観客は、日記を他人に見られることの気まずさと、他人の日記(プライヴェートな情報)見ることの新鮮さを同時に味あわされます。
オサレな直島で口当たりのいい作品を見るのも良いでしょうが、欧米のアートシーンにおけるリアルな日常の意義について考えてみませんか。
今、欧米でアーティスト及びアート関係者が考えていることがよーくわかる
このシリーズ。今回は"Everyday Life"、つまり「日常」に関して考察してあります。
多数のアーティストや批評家の論文をピックアップして編集してあります。
90年代に、各地のビエンナーレなどで「日常」を取り上げた作品が増えました。
素人が撮ったようなスナップショット写真、
アマチュアな作品、DIY的工作スキル
「日常」を展示するということはなんなのでしょうか。
"WHAT HAPPENS WHEN NOTHING HAPPENS?" (Paul Virilio)
以下の文章は、ソフィー・カルがホテルでメイドをして他人のプライヴェート(日記)を盗み見た作品の一節です。
I clean the room and start to read his diary. His handwriting is poor, heavy, irregular. I re-read his remarks about Venice: 'Sunday 15 February 1981. We arrived in Venice this morning. We took the train. it is really spectacular. No cars, just pretty little streets and small bridges over the canals. We sat outside and had drinks of various strange things. We went back to the hotel. i am in a tiny room by myself. Ran out and bought a kilo of oranges and apples and put them on my windowsill. We went out and had very good walk. I ate a good soup, noodles with tomato sauce, and drank a lot of white wine. Went to piazza San Marco, had a grappa. made me feel not too good. Went back to hotel C. I slept a bit. Rob and I went to strolling. Strayed at a bar and had a beer. Came back. Rob went up. Got a postcard from the desk and went to hotel bar and had a beer + cig. I wrote a long postcard to OI. Up to my room, had a bath, ate some oranges and apples, and will crash. I have told the desk to wake me up at 8:30...' Sounds in the hallway. I close the diary. As I put it down it down, someone enters the room. i pick up my rags, my bucket (where my camera and tape recorder are hidden), lower my gaze and leave.
(Sophie Calle, The Hotel. 1981 )
観客は、日記を他人に見られることの気まずさと、他人の日記(プライヴェートな情報)見ることの新鮮さを同時に味あわされます。
オサレな直島で口当たりのいい作品を見るのも良いでしょうが、欧米のアートシーンにおけるリアルな日常の意義について考えてみませんか。
2009年7月24日金曜日
Installation Art by Claire Bishop
この本はインスタレーションの入門書とも言えますが、掲載作品の写真の割合が多いので専門書的な文章量を期待する方には物足りないと思います。基本的にインスタレーションを使ったアーティストの写真入りの紹介本といった感じです。参加型作品に関しての論文などのために購入を考えている方はホワイトチャペルギャラリーから出版されているParticipationというタイトルのクレアが書いた本を読んだ方がいいでしょう。
インスタレーション(installation)という展示方法もしくは作品形態は、90年代以降のアートの主流になりました。この本では、著名な批評家であるクレア・ビショップ(Claire Bishop)がアーティストやその作品について、インスターレーションという観点からの解説を試みています。
例えば、自然現象を再現した作品で知られるオラファー・エリアッソン(Olafur Eliasson)はTATE tubine hallでの太陽を模した作品を紹介。表紙は草間 彌生(草間弥生)のNYでの伝説のパフォーマンス。
展示方法を工夫した絵画や映像含めれば、全ての作品がインスタレーションとして扱われるようになっていますが、 敢えてインスタレーションという形態的な分類からの語り口でClaire自身が解説を試みています。なぜ現代アートにおいて「作品」が「製品」であることを止めて、その「場」でより雄弁に観客に語ろうとしているのか?という観点からこの本を読むと作品ある空間への認識が変わってくるのではないかと思います。
本の最後は、「Relational Aesthetics」とクレア自身の「Antagonism in Relational Aesthetics」で閉め。このパートは文章も短くされているので、October誌に書かれた原著を読んだほうがいいかもしれません。
例えば、自然現象を再現した作品で知られるオラファー・エリアッソン(Olafur Eliasson)はTATE tubine hallでの太陽を模した作品を紹介。表紙は草間 彌生(草間弥生)のNYでの伝説のパフォーマンス。
展示方法を工夫した絵画や映像含めれば、全ての作品がインスタレーションとして扱われるようになっていますが、 敢えてインスタレーションという形態的な分類からの語り口でClaire自身が解説を試みています。なぜ現代アートにおいて「作品」が「製品」であることを止めて、その「場」でより雄弁に観客に語ろうとしているのか?という観点からこの本を読むと作品ある空間への認識が変わってくるのではないかと思います。
本の最後は、「Relational Aesthetics」とクレア自身の「Antagonism in Relational Aesthetics」で閉め。このパートは文章も短くされているので、October誌に書かれた原著を読んだほうがいいかもしれません。
The Art of Participation 1950 to Now published by Thames & Hudson
SFMOMA(San Francisco Museum of Modern Art)でNov 08,2008 - Feb 08,2009に開催された「The Art of Participation 1950 to Now」展のエキシビジョンのカタログです。カタログというと薄そうですが大型本で211pもあります。(参考リンクSFMOMA "The Art of Participation 1950 to Now")
このカタログでは、1800年代からはじまって、50年代に大きく発展を遂げたフルクサスのハプニングアート、そしてCGやWeb2.0を使ったオンラインアートまで紹介されています。
参加型アートというのは、今日ではもっとも自然らしいアートの形としてアカデミックであれアウトサイダーであれ広く普及しているように思います。作家が作品へ観客を参加させること、観客がどのように作品と接していくかについては、特に「参加型アート」とジャンル分けしなくとも、アートと向き合う時には作家と観客の双方が考えなくてはいけなくなっています。小説に読み手が必要であるように、アート作品が「見られる存在」である以上、観客を無視して作品は成立し得ないからです。
この本で特筆すべきは豊富な掲載作家及び作品です、ジョン・ケージ、オノ・ヨーコ、ウォーホール、ナム・ジュン・パイク、アラン・カプロウ、ヨーゼブ・ボイス、マリーナ・アラモヴィック、フェリックス・ゴンザレス・トレース、フランシス・アリス、アーウィン・ワーム、CGやWebで作品を作っている若手の作家などなど全部書きませんが、作品と紹介文付きで大勢の作家が紹介されています。超有名なスーパーアーティストを含みますが、かれらの作品の中から「参加型の作品」を選んで紹介されているので、あのアーティストこんな作品も作っていたんだ!的な発見もあるかもしれませんよ。現代アートに興味がある方にはもちろん、生徒に参加型アートに関して突っ込まれるけど実は良く解らないんだという教育者の方にも良いと思います。志の高い生徒の為にも、今すぐに大学の図書館に収蔵してあげて下さい。写真も多いし、オススメです。
あと、参加型アート(Participatory Art)の作品の紹介ではなく、文献や論文が読みたい方には、Participation edited by Claire Bishopもおすすめです。
このカタログでは、1800年代からはじまって、50年代に大きく発展を遂げたフルクサスのハプニングアート、そしてCGやWeb2.0を使ったオンラインアートまで紹介されています。
参加型アートというのは、今日ではもっとも自然らしいアートの形としてアカデミックであれアウトサイダーであれ広く普及しているように思います。作家が作品へ観客を参加させること、観客がどのように作品と接していくかについては、特に「参加型アート」とジャンル分けしなくとも、アートと向き合う時には作家と観客の双方が考えなくてはいけなくなっています。小説に読み手が必要であるように、アート作品が「見られる存在」である以上、観客を無視して作品は成立し得ないからです。
この本で特筆すべきは豊富な掲載作家及び作品です、ジョン・ケージ、オノ・ヨーコ、ウォーホール、ナム・ジュン・パイク、アラン・カプロウ、ヨーゼブ・ボイス、マリーナ・アラモヴィック、フェリックス・ゴンザレス・トレース、フランシス・アリス、アーウィン・ワーム、CGやWebで作品を作っている若手の作家などなど全部書きませんが、作品と紹介文付きで大勢の作家が紹介されています。超有名なスーパーアーティストを含みますが、かれらの作品の中から「参加型の作品」を選んで紹介されているので、あのアーティストこんな作品も作っていたんだ!的な発見もあるかもしれませんよ。現代アートに興味がある方にはもちろん、生徒に参加型アートに関して突っ込まれるけど実は良く解らないんだという教育者の方にも良いと思います。志の高い生徒の為にも、今すぐに大学の図書館に収蔵してあげて下さい。写真も多いし、オススメです。
あと、参加型アート(Participatory Art)の作品の紹介ではなく、文献や論文が読みたい方には、Participation edited by Claire Bishopもおすすめです。
Participation edited by Claire Bishop
Whitechapel Gallery発行のシリーズの1冊。参加型アート(Participatory Art)を考える上で参考になる論文やExhibition Catalogueなどの文献を、批評家のClaire Bishop(クレア=ビショップ)が重要箇所を抜粋して紹介したずるい本である。有名所だとEcoの「Open Work」や、Bourriaudの「Relational Aesthtics」やClaire Bishop自身の「Antagonism in Relational Aesthetics」などなどの要約が紹介されており学生にはありがたい本。Félix Guattari(フェリックス=ガタリ)のChapsmosis:An Ethico-Aesthetic Paradigm (1992)や、Jacques Rancière(ジャッカス=ランシエール)のProblems and Transformations in Critical Art (2004)といったアートセオリーもしっかり紹介してあります。
<文献が抜粋されているアーティスト、哲学者、批評家>
Roland Barthes, Joseph Beuys, Nicolas Bourriaud, Peter Bürger, Graciela Carnevale, Lygia Clark, Collective Actions, Eda Cufer, Guy Debord, Jeremy Deller, Umberto Eco, Hal Foster, Édouard Glissant, Group Material, Félix Guattari, Thomas Hirschhorn, Carsten Höller, Allan Kaprow, Lars Bang Larsen, Jean-Luc Nancy, Molly Nesbit, Hans Ulrich Obrist, Hélio Oiticica, Adrian Piper, Jacques Rancière, Dirk Schwarze, Rirkrit Tiravanija
論文ではなく参加型アート(Participatory Art)の歴史や作品が知りたい方には、SFMOMAで開催されたExhibitionのカタログであるThe Art of Participation 1950 to Now published by Thames & Hudsonをおすすめします。
<文献が抜粋されているアーティスト、哲学者、批評家>
Roland Barthes, Joseph Beuys, Nicolas Bourriaud, Peter Bürger, Graciela Carnevale, Lygia Clark, Collective Actions, Eda Cufer, Guy Debord, Jeremy Deller, Umberto Eco, Hal Foster, Édouard Glissant, Group Material, Félix Guattari, Thomas Hirschhorn, Carsten Höller, Allan Kaprow, Lars Bang Larsen, Jean-Luc Nancy, Molly Nesbit, Hans Ulrich Obrist, Hélio Oiticica, Adrian Piper, Jacques Rancière, Dirk Schwarze, Rirkrit Tiravanija
論文ではなく参加型アート(Participatory Art)の歴史や作品が知りたい方には、SFMOMAで開催されたExhibitionのカタログであるThe Art of Participation 1950 to Now published by Thames & Hudsonをおすすめします。
One Place After Another by Miwon Kwon
One Place After Another: Site-specific Art and Locational Identity
Site-Specificとは、作品の所在(location)に関するアート用語で、60年代にランドアートとともに発展した重要な考えのひとつです。作品がギャラリーというホワイトキューブに存在して、作品の自律性や商品価値(commodity)偏重で空間を無視して鑑賞される傾向にあった。しかし、作品は所在で意味が変わることがある。それならば一番適した場所に最高の形で作品を置くべきだと。という考え方です。Robert SmithonのSpiral Jettyは、塩湖の塩が結晶化し風化・浸食を経ることで時間の経過のプロセスを印象付けますし、文明から遠く離れた荒野という場所がかえって人間の存在、文明について考えさせる効果があります。つまり、作品の所在が作品の意味を強化しなおかつ構成要素にもなっています。また、こうしたランドアートとして屋外に展示する作品だけではなく、Installation型の作品もその場に応じて空間を作るので考えるべき部分です。最近のアートは、壁に飾られたペインティング以外は、広く括ればインスタレーションなのです。Site-Specificは考慮するのが常識みたいなもんです。アートにとっては場所とか、国境とかもおもしろいテーマになります。
Site-Specificとは、作品の所在(location)に関するアート用語で、60年代にランドアートとともに発展した重要な考えのひとつです。作品がギャラリーというホワイトキューブに存在して、作品の自律性や商品価値(commodity)偏重で空間を無視して鑑賞される傾向にあった。しかし、作品は所在で意味が変わることがある。それならば一番適した場所に最高の形で作品を置くべきだと。という考え方です。Robert SmithonのSpiral Jettyは、塩湖の塩が結晶化し風化・浸食を経ることで時間の経過のプロセスを印象付けますし、文明から遠く離れた荒野という場所がかえって人間の存在、文明について考えさせる効果があります。つまり、作品の所在が作品の意味を強化しなおかつ構成要素にもなっています。また、こうしたランドアートとして屋外に展示する作品だけではなく、Installation型の作品もその場に応じて空間を作るので考えるべき部分です。最近のアートは、壁に飾られたペインティング以外は、広く括ればインスタレーションなのです。Site-Specificは考慮するのが常識みたいなもんです。アートにとっては場所とか、国境とかもおもしろいテーマになります。
Against Interpretation by Susan Sontag
日本語版があったとは!タイトル「反解釈」しかも、直訳過ぎるうう。
この手の言葉ってなんかダサい日本語しかない。日本語であることで損をしてる気がするので英語版を読んでください。
この手の言葉ってなんかダサい日本語しかない。日本語であることで損をしてる気がするので英語版を読んでください。
2009年7月14日火曜日
「物語の構造分析」 by Roland Barthes
「作者の死」というエッセーが特に重要です。この本の英題は「IMAGE MUSIC TEXT」、そして「作者の死」は「Death of the Author」。個人的には英語訳版がおすすめです。かつては神のように神聖で不可侵で自律した存在であった作品自身が、作者の手から離れて「読者」が誕生する。コンテンポラリーアートにおいてこのエッセーでバルトが論じた「作者」と「読者」の関係を「アーティスト」と「観客」に置き換えてよく引用します。
「日本美術の歴史」 by 辻 惟雄
縄文文化から、「千と千尋の神隠し」まで範囲は広いですが読みやすい。日本の美術の流れを把握する為の本です。個人的には、文明開化後の西洋の美術の広がり方。近代化の為に急速に輸入された工業と並んで「技術」として広まってしまった「美術」という概念。洋画の急速な普及と衰退(ヨーロッパのアート哲学への不理解が原因)による洋画壇の苦悩。同じくして日本画の一時的な衰退と復権。日本美術を守るために美術学校(のちの東京芸大)の設立。といった現代にも連なる日本の美術界が今のような形になった理由が見えてきます。
「The Open Work」 by Umberto Eco
「すべてのアートは、潜在的にずっと開かれていた。」
現在もボローニャ大学で教鞭を振るう哲学者ウンベルト エーコーの難解な博士論文です。現在でもアートと観客の作品への参加(participation)を考える上でつねに引用される論文です。ロラン バルトの「作者の死」と並んでコンテンポラリーアートでは重要な論文です。そういえば「私には難しいです」と論文担当の博士に言ったら、「そうだろう僕にも解らないからね」(苦笑)と言われたこともありました。
要約でよければParticipation edited by Claire Bishopもオススメです
現在もボローニャ大学で教鞭を振るう哲学者ウンベルト エーコーの難解な博士論文です。現在でもアートと観客の作品への参加(participation)を考える上でつねに引用される論文です。ロラン バルトの「作者の死」と並んでコンテンポラリーアートでは重要な論文です。そういえば「私には難しいです」と論文担当の博士に言ったら、「そうだろう僕にも解らないからね」(苦笑)と言われたこともありました。
要約でよければParticipation edited by Claire Bishopもオススメです
「Relational Aesthetics」 by Nicolas Bourriaud
Nicolas BourriaudのRelational Aestheticsは、日本語だと「関係性の美学」として知られている90年代を代表するアート本です。残念ながら、日本語訳はまだありません。ブーリオが書いたエッセーをまとめ直した都合で同じ事が何度も言い直されるなどよくまとめられた本ではないので、ART THEORYとしては役不足なのですが世界のアート関係者はみんな知っている、学生は卒論のために読むので卒論提出前に品切れになるという、初版から10年以上経ちますが、アート本では珍しいベストセラーです。私が読んだ英語訳の内容を簡単に説明するならば、直接的じゃないコミュニケーションが横行して、その不足を「補完」する場としてのアートが機能し意味を持つことが90年代のアートの特徴であるということです。ティラヴァーニャの作品が根拠になっております。
しかしながら、Claire Bishopは、その「場」に生じたという観客の関係性について「いったいどんな関係が出来たって言うんじゃい?」、「ピースフルな場って本当に民主的?」とAntagonism in relational aestheticsで突っ込みを入れております。Santiago Sierraのようにセンセーショナルで悪意に満ちた「場」をつくることによって、アートの批評性という重要なテーマを表現しているアーティストもいるじゃあないかと、諸手をあげて理想化されてしまった「関係性の美術」を批判しています。
本人もいろんなインタビューで語っているように、Relational Aestheticsは90年代のアートの分析と彼の理想が入り交じった感じなので、世界中に批判や勘違いがはびこってしまった。今現在は修正した認識を持っていて、TATE ModernのALTER MODERN展や最新の著書「The Radicant」で示したように、グローバリゼーションをアートを通して表現する必要性に関心がシフトしているようです。
しかしながら、Claire Bishopは、その「場」に生じたという観客の関係性について「いったいどんな関係が出来たって言うんじゃい?」、「ピースフルな場って本当に民主的?」とAntagonism in relational aestheticsで突っ込みを入れております。Santiago Sierraのようにセンセーショナルで悪意に満ちた「場」をつくることによって、アートの批評性という重要なテーマを表現しているアーティストもいるじゃあないかと、諸手をあげて理想化されてしまった「関係性の美術」を批判しています。
本人もいろんなインタビューで語っているように、Relational Aestheticsは90年代のアートの分析と彼の理想が入り交じった感じなので、世界中に批判や勘違いがはびこってしまった。今現在は修正した認識を持っていて、TATE ModernのALTER MODERN展や最新の著書「The Radicant」で示したように、グローバリゼーションをアートを通して表現する必要性に関心がシフトしているようです。
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